インタビュー

#09 蓬田陽平准教授

ON × OFF Interview 挑戦者たちの素顔

挑戦者たちの素顔 後藤 知代 メイン 挑戦者たちの素顔 蓬田 陽平 メイン

研究と挑戦の軌跡
〜ナノチューブの世界を切り拓く〜

#09蓬田 陽平

YOMOGIDA, Yohei
北海道大学電子科学研究所
CHAPTER 1

ナノチューブの可能性を拓く - 研究者としての道のり

ナノ材料の可能性を追求し続ける蓬田准教授。彼の研究は、カーボンナノチューブや無機ナノチューブといったナノスケールのチューブ構造に焦点を当て、それらの合成や構造制御、それらの特徴を活かした応用に向けたものだ。特に、SDGsへの貢献となる、低消費電力の半導体デバイス、太陽電池等などの光電変換デバイス、水素発生・燃料電池の電極材料など、エネルギー分野での活用が期待されている。
 福島に生まれ、大学で情報工学を学んだ蓬田准教授は、大学院進学の際に専門を物理学に変更した。東北大学金属材料研究所の岩佐義宏教授・竹延大志准教授に師事し、有機材料を用いた発光デバイスやカーボンナノチューブ・無機材料を用いた電気化学デバイスなどのデバイス物理の研究に取り組んだ。博士号取得後、研究の方向性を見直し、デバイスからではなく材料そのものにアプローチしたいと考えるようになった。
 そこで、カーボンナノチューブ(CNT)研究の第一人者であるAIST(産業技術総合研究所)の片浦弘道先生のもとで博士研究員(PD)として研究する道を選ぶ。物理学から材料科学という異分野へ飛び込む決断をしたことで、新たな視点を得ることができた。
「物理では実験の前後でその背景の理論をじっくりと考えることが多いですが、材料科学ではとりあえず手を動かし実験をして試行錯誤を重ねながら進めることが多いです。PDCAサイクルを回しながら仮説を実証する材料科学の研究スタイルは、自分によく合っていて、異分野に飛び込む勇気が無ければ気づけなかったと思います。」

 AISTでの2年間(2013年9月~2016年3月)にわたる研究期間中、CNTの分離技術と光応用に関する先駆的な研究を行い、その成果をNature Communicationsをはじめとするトップジャーナルに発表。論文は世界中で引用されており、その多くがTop 10 %論文になっている。 「CNTは巻き方(構造)が変わると性質も変わってきます。合成直後のCNTは、様々な構造のCNTが混ざった状態になっていて、応用に適しません。そこで私は、CNTの混合物から単一の構造のCNTを分離する技術の開発を行いました。これまで難しかった単一構造CNTが市販の装置で簡単に分離できるようになり、それを使った画期的な研究が可能になりました。」
 その後、東京都立大学の柳和宏教授の研究室で助教として7年間勤めることとなる。CNT研究を続ける一方で、研究の独自性を高めるため、新たな材料に取り組むことを勧められた。そのタイミングで出会ったのが無機ナノチューブである。試料の入手が困難だった無機ナノチューブの状況を考え、これまで全く手をつけてこなかった無機合成に手を出し、無機ナノチューブを自ら合成する方向に舵を切った。温度や反応を精密に制御できる合成技術を開発し、チューブの特徴が顕著となる小さな直径を有する無機ナノチューブの合成に日本で初めて成功し、その歪みを利用した機能開拓につなげた。Nano Lettersをはじめとする多くのジャーナルに発表。これが現在の研究の大きな礎となった。
 現在は北海道大学電子科学研究所にて、これまで難しかった長尺の単一構造CNTの分離や、小直径無機ナノチューブの大面積合成に挑戦。得られたナノチューブのデバイス応用、機能開拓を進めている。
  「指導学生の所属は理学部化学科であり、今回も分野変更になります。化学では、これまで技術として用いてきた分離や合成に関して、そのメカニズムを深く理解し、さらに発展させることが求められます。この機会に、これまで培ってきた技術を発展させるとともに、水素発生の電極など、これまで手を出してこなかった化学的な機能開拓にも挑戦していきたいと考えています。」

CHAPTER 2

分野を超えた挑戦

 

蓬田准教授の強みは、異分野に積極的に飛び込んだことで培った分野横断的な知識と技術だ。物理学のバックグラウンドを持ちながら、化学的アプローチによるCNTの分離精製や無機ナノチューブの合成など、通常の物理研究者が手を出さない領域にも積極的に挑戦してきた。
「分野によって考え方は様々です。様々な分野の研究者と直接議論し、様々な考え方を身につけてきたからこそ、今の研究の独自性があると考えています。ある分野では常識なことでも、他の分野では常識でないことがあります。例えば、以前に発表したCNTのホール効果の論文では、ホール効果を示すためにコヒーレンスファクターという概念が必要でした。これは、有機の分野ではよく知られた概念でしたが、CNTの分野では知られていませんでした。大学院時代の有機デバイスの経験が無ければ、まとめられなかったと思います。様々な分野に精通することで、意外な研究の方向性が見えてくるかもしれません」

北海道大学に来てからは、クロスオーバーアライアンスを通じた異分野研究者との交流が広がった。AIST時代には、生物学的アプローチを用いる湯田坂雅子先生とコラボレーションし、CNTのバイオイメージング応用の研究にも携わった。この異分野共同研究の経験が、新たな分野開拓という視点での、触媒分野への興味につながっている。
「現在、東北大学と名古屋大学との共同で、材料科学・プラズマ工学・電気化学にまたがる分野横断的な共同研究を進めています。異分野共同研究では、研究者のバックグラウンドや考え方が違うため、ディスカッションをしていても次々と新しいアイデアが出てきます。面白い研究になることが多いと感じます。」
このような異分野ネットワークを広げる場として、分科会や創発の場にも積極的に参加。温泉旅館でのワークショップや招待講演を通じて、研究者同士がリラックスした環境で議論を交わすことが、新たな発想を生む貴重な機会になっている。

 また、異分野共同研究を行う上で特に重視していることがあるようだ。
「共同研究では試料を提供することがありますが、その品質には一切妥協しません。CNTでは、単一構造の種類、純度、長さなど様々な点において世界トップレベルの品質を実現しています。実際に、分離したCNTを研究に使いたいという要請があり、ドイツ・ハイデルベルク大学や米国・ライス大学など、国内外の様々な研究機関と共同研究を継続的に進めています。また無機ナノチューブでも、歪みが顕著になる直径10 nm程度の試料を合成できる研究者は世界でもほとんどいません。また、試料の品質だけでなく、その量も重要と考えています。たとえ良い機能を示す材料が得られたとしても、少量しかとれないのであれば話になりません。様々な人が材料を使いやすい環境を実現するために、CNTでは大量分離、無機ナノチューブでは大面積合成など、生産性が高くスケールアップが可能な技術の開発を進めています。」

CHAPTER 3

失敗を糧にする姿勢

 

「分野を変える度、ある意味挫折しているかもしれません。学部は就職に有利と考え情報工学にしましたが、あまり興味を持てず、プログラミングも苦手でした。大学院では興味を優先し、物理学に変更しましたが、学部教育を受けておらず基礎知識が不足していたため、苦労しました。それ以降も悩みながら度々分野を変え苦労してきましたが、それ以上によい発見もありました。例えば、現在の研究でもデバイス測定のためのプログラミングをすることがあり、学部時代の勉強が多少は役にたっています。学部時代はその作業が苦でしたが、明確な目的がある今は進んで取り組むことができています。また、合成や分離など材料科学の研究においても、現象の背景を論理的に明らかにする物理学的な考え方がその理解の助けになっています。また、複数の分野を経験したことではじめて可能になったこともあります。例えば、現在では材料とデバイスの両方のアプローチがとれるようになり、材料開発から、その評価、デバイス応用まで一貫してできる研究スタイルを身につけています。これにより、デバイス特性から材料合成へのフィードバックなど、通常は複数の研究者が連携して行うような研究を、自分の研究室内で迅速に進めることができています。」
実験での失敗を挫折とは捉えず、それを次のステップにつなげる姿勢も蓬田准教授の研究スタイルの特徴だ。試行錯誤を繰り返しながら、新たな材料を発見し、その応用を模索する。

「材料科学分野では、特定の材料の組み合わせでのみ面白い機能が得られることがあり、その自分だけの組み合わせを探求する宝探しが醍醐味です。世の中には、構造・組成などが異なる多くの材料があり、その中から特定の組み合わせを見つけるのは大変です。ほとんどの場合上手くいきません。しかし、それを失敗と切り捨てるのでなく、そこから考え、粘り強くやり遂げるように心がけています。例えば、開発したCNTの大量分離技術は、複数の界面活性剤を組み合わせてCNTの分離をより簡単にするという着想から始まりました。最初それは上手くいきませんでしたが、そのアイデアを信じ、分子構造がわずかに異なる界面活性剤に変えたり、その混合比率を変えたり、試行錯誤を繰り返したところ、ある界面活性剤のある混合比率の場合のみ分離できることを発見しました。」

自分の経験を踏まえ、後進に伝えたいことは、
「進路を決める際は、じっくり悩んでほしい。そして、一度決めたら、自分を信じて、一定期間真剣にやり抜いてほしい。その環境、その分野でしか学べないことがたくさんある。その機会を逃さないよう、できるだけ多くのことを吸収しながら試行錯誤する。そして、ある程度区切りがついたら、一度立ち止まって方向性を再考することも重要。その分野でより専門性を深めてもよいし、他の分野に移ることもできる。そこでもじっくり悩み、決断したのなら自分を信じて突き進む。分野や環境を変えるのは遠回りではなく、むしろチャンスだと思う。自分の適性を知り、自分に合った方向性を再考するきっかけになる。どの分野・環境で経験を積んだかは十人十色。これまでの経験で得たものを活かして、自分にしかない独自性を見つけよう。」

今後も研究と教育を通じて、北海道の地で新たなナノ材料の可能性を切り拓いていく。

CHAPTER 4

未来への展望

 

ナノ材料が持つポテンシャルは計り知れない。その特性を巧みに活かし、システム全体としての機能性を最大化することができれば、新たな技術革新を生み出す可能性がある。特に、エネルギー変換やストレージ技術の分野では、ナノスケールでの構造制御が効率向上の鍵を握る。 さらに、近年注目されている持続可能なエネルギー社会の実現に向け、ナノ材料の役割はますます重要になっている。水素発生触媒や燃料電池の電極としての利用はもちろん、光エネルギーを利用した光電変換プロセスの効率向上にも寄与できる。ナノチューブが持つ表面積の大きさや、構造的な特性を制御することで、より優れたエネルギー変換材料の設計が可能になる。

「今後数年間は、無機ナノチューブとCNTの両軸で研究を進める予定です。無機ナノチューブは、どの構造も半導体であり、構造によって金属になるCNTとは異なり、半導体デバイス応用や光機能開拓に最適です。特に、無機ナノチューブでは、高い光電変換特性や高い触媒特性が予想されています。このような応用は、ナノチューブの成長方向に依存します。今後、成長方向を制御した無機ナノチューブの大面積合成を実現し、その太陽電池応用や触媒応用を目指したいと考えています。またCNTは、電流を流しやすく、低消費電力に向けた微細化が容易なため、シリコンを超える未来の半導体材料として注目されています。今後、その実用化に必要となる構造分離技術の開発やデバイス特性の解明を進め、CNTの半導体応用に貢献したいと考えています。」

「将来的には、ナノチューブだけでなく、ナノワイヤ、ナノ粒子などのナノ材料を集積したシステム構築に興味があります。様々なナノ材料を自己組織化などを活かして集積し、それぞれのナノ材料の特徴を活かしたシステムの機能を創発できれば、エネルギー分野などさまざまな分野に貢献できると考えています。」
特定のターゲットに向けた研究ではなく、材料の特性を活かした応用を見つけることを重視している。最終的には、社会に役立つ材料を生み出し、エネルギー分野を中心に貢献したいと考えている。

OFFTIME TALK

  • 研究室旅行でのスキー指導

    スイスの逆さマッターホルン

    自然の中でリラックス

    研究の合間のリフレッシュする時間も大切にしています。趣味の一つが旅行で、山々や氷河などの絶景を巡り、自然の中に身を置いてリラックスしています。

    サバティカルでドイツに滞在していた頃には、週末に国内外の様々な観光地を巡りました。スイスで、マッターホルンが湖面に映る「逆さマッターホルン」を見ることができたのは感動しました。他にも、ギリシャの夕日、ノルウェーのフィヨルド、アイスランドの氷河など、息をのむような景色の壮大さ、美しさは今でも脳裏に焼き付いています。日本国内では北海道の青い池や色彩の丘などの絶景スポットを訪れ、四季折々の美しい風景を楽しんでいます。

  • 研究室旅行でのスキー指導(右が蓬田准教授)

    研究室旅行でのスキー指導

    スポーツと音楽 研究者のもう一つの顔

    スポーツは昔から親しんでおり、スキーの腕前には自信があります。過去にはスキーインストラクターのアルバイトで指導をしたこともあります。現在は忙しくてスキーをする機会は減りましたが、雪を見ると無性に滑りたくなります。
    音楽も大好きで、かつてはバンドでギターとボーカルを担当していました。仙台にいた頃は実験の合間に喫茶店のステージに立ち、オリジナル曲の弾き語りを披露したこともあります。現在は研究に集中しているため、楽器を手にする機会は少なくなりましたが、今でも音楽への情熱は変わらず、時間ができたらまた演奏を楽しみたいです。

  • 本場ウィーンのターフェルシュピッツ

    本場ウィーンのターフェルシュピッツ

    現地ならではのグルメの楽しみ

    グルメも楽しみの一つです。特に海外での食体験にはこだわりがあります。ウィーンを訪れた際には、「プラフッタ」というレストランでターフェルシュピッツという伝統料理を堪能しました。ゆっくりと煮込まれた牛肉の旨みがしみ込んだコンソメスープは絶品でした。ターフェルシュピッツは人生で一番美味しかった料理で、日本のウィーン料理レストランでも幾つか食べてみたのですが、同じ感動は味わえませんでした。ルクセンブルクにある「オーバーワイス」のパテ・オ・リースリングが次点でおすすめの料理です。いつかまた現地を訪れる日を楽しみにしています。

蓬田 陽平YOMOGIDA, Yohei

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